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生物系学生・鴫野の日常。コメントお気軽に!あと、拍手ボタンクリックで励みになりますv
ここのところ症状が安定していると思ったら急に落ち込んだり、相変わらず浮き沈みしている鴫野です。
前回のメンスから2週間、多分黄体期に突入しちゃったせいもあると思うんですが…どうもね。
というか、「元気になった」と記事に書いたら、近いうちに気分が落ちていく気がします。なぜだ。
さて。
大学のパソコンって電子ジャーナルにアクセスできるんですよねー。実験の合間にちまちまと趣味っぽい調べ物をしていて、少しばかり興味深いレビューを見つけました。不眠とうつ病に関するレビューなんですが、「夜よく眠れず、したがって昼間に眠くなる」という記述があって、うーん、私ってどうなんだろうと思ってみたり。
確かに寝つきはすごく悪いです。昼間にデパス(エチゾラム)錠1つ飲もうものなら、数十分たった頃からほわ~んとしだして、数時間は使い物にならないくらいボーっとしてますが、就寝前に飲んでも1時間くらい悶々と布団の上で寝返りを打つ、というのはよくある話。でも2錠飲むと微妙に翌朝がしんどいので、なるべく1錠にしてるわけですが(というか、就寝前1錠処方なんだよホントは)
ずっと自分は過眠だと思ってましたが、これはどうなんだろう…。
ちなみに一般人の睡眠時間は6~8時間が正常なんだそうですよ。私は…夜に6~8時間の睡眠をとって、なおかつ昼寝で叩き起こされなければトータル3、4時間くらい寝てます。すごく症状が辛いときは夜から12時間くらい寝て、起きて、また2時間くらい寝て、起きて、また寝て…みたいな生活もしてましたが。
こうやって数値にしてみると寝すぎのような気もしますが、寝つきは悪いわけですよ。これホント。
まあ、でもこれだけ寝てたら不眠症じゃないわな。
ところで。
レビューには非定型鬱病の過眠の話も少しだけ載ってて、不眠や過眠といった睡眠障害は『本体のうつが治っても』後に残っちゃうことが多々あるそうです。
…これは私ぢゃないんだろうか!?
だって…気分が回復してる!と自覚したときでさえ、日中は使い物にならないくらい居眠りが多く、研究室のセミナーでは「いつも寝てる人」と思われてます。周囲に呆れられてるのがわかるだけに、これは正直辛い。
不眠って言うと同情されますが、過眠って言うと「ハァ?そうやって怠けてるだけだろ」みたいな白い目で見られるわけだ。
落ち込んだり、希死念慮が強いときってのは、「眠気もウツの症状なんだろう」なんて思えるんですが(但し、思ったら思ったで『病気のせいにするなんて情けない』と落ち込みますが)、そういうのが薄れて気分が楽になってても眠気だけがあるときってのは、『病気にならなくても自分はダメなやつだ』と罪悪感は倍増します。
でも、レビューを読んで「ああ、あの眠気は鬱の残りカスみたいなものか」と思うと少しだけましになったような…。
まだまだ治療は途中でして、たまに「自分はもうダメだ」(←何がダメ、というわけじゃなく、漠然とダメなやつだなあって思う)こともあるんですが、じわじわ快方には向かってる。はず。
そこへきて、根強く睡眠障害だけが残ってるのをずっと気にしてたんですが、私だけじゃなかったのね。
レビューには、『夜の不眠と、それに伴う日中の眠気』は抗鬱薬の副作用の可能性もある、と書いてあったので、自分が飲んでる薬はどうなのか、今調べてます。なんかねー、飲むと睡眠の“質”が低下するために、より長い睡眠を必要とする薬もあるそうですよ。
…まあ薬のせいだからって言ってやめられるもんじゃないんだけどさ。SSRIとは相性悪いし。
レビューの最後に、鬱による過眠の患者に対してはモダフィニル(ナルコレプシーの治療に使われる、中枢神経興奮薬。中枢神経刺激薬とは少々違う)を使うと有効であるみたいなことが書かれてたんですが…どうかね。できれば処方してほしい気もしますが、私の主治医曰く、覚醒剤系の薬はきちんとした処方であっても危険とのこと。『眠いときには寝なさい』というのがドクターの方針のようですが…研究も本格化して、その後大学院に進んでも眠気が消えなかったら、それこそ自分は使い物にならなくなる気がする。
大学が始まりました。
思った通り、実験はハードです。まあ実験はもともと好きなのでいいんですが…正直ね、今の学科がしんどいのね。
うちの学科は少人数で、高校の1クラスとそんなに変わりません。一緒の専門授業を受けて、一緒に実験するっていう。
だからどうしても学科内の結び付きが密になってしまって、私としては息が詰まる。
他人と密になれない、なかなか心を開けない性格なのも少しはあるかもしれませんが、それ以上に、自分がいなくても学科の人は困らないって思ってしまうのですよ。その一因は、夏休みに入る前に言われた同級生の言葉だったりするのですが。
学科の人は頭もいいし、私はそこにいて絶えず劣等感と疎外感を感じ続けるのです。
クラス内が密なだけに、やや距離をとっている私はどうしても浮いてしまう。誰が悪いんじゃないけれど。
息苦しくて、逃げてしまいたくなる。
実験は参加しないと単位が出ないし、実験の単位がなければ留年確定なので、逃げられるわけないんですけどね。
自分は大学を出なければ、生きている価値はない。
いつの間にか、そう思い込んでいました。そういう私の価値観は、多分小学生の頃にはすでに形成されてた気がします。あの頃から勉強が好きだったのは、一つは知識欲を満たすため、そしてもう一つは誰かに褒めてほしかったからです。勉強したら、塾の先生が褒めてくれた。だからもっとしたくなった。試験で100点をとると、自分の価値が数字で出てくる気がしました。だからもっと頑張ろうと思った。
多分、私を認めていないのは、私自身なんです。
ずっと、自分を嫌いながら生きてきました。今更、身体に染み付いた価値観を捨てることは出来ないと思います。これが完璧主義の真相かもしれません。
『白い巨塔』の財前五郎に憧れるのは、多分あの人も自分が嫌いだと思うから。嫌いで仕方がなくて、でも自分を嫌うこと自体が苦しくて、そうじゃないって自分に思い込ませたくて、ひたすらに出世を目指したんじゃないかと、本を読んだときに思いました。
教授にならなければ意味がない、大学を出なければ意味がない、比べることは失礼かもしれませんが、そこに似た響きを感じるのです。
自分を追い詰めているのは自分で、きっと学科内で浮いている自分が誰より嫌いなんだと思います。誰にも認められる要素を持っていないと思うから、余計に息苦しい。
全部自分の思い込みかもしれない。
でも、あの環境にいる限り、私は自己嫌悪に苛まれ続ける。それが、周囲から疎まれているという思いに変わるのは、不自然ではありません。自分すら嫌っている人間を好きになる物好きは、多分いないでしょうから。
それに、はっきり言われたしね。迷惑だと。
あの言葉は、私の錯覚を裏付け、本物にしただけです。
最初から、自分は彼女らに必要ないと線引きしていたのに、今更周囲を責めるのは勘違いも甚だしい。
悪いのは、私です。
分かっているのに、愚痴を言いたくなる。
居場所を与えてくれないと、周囲を恨みたくなる。
人間って、つくづく甘えん坊ですね。
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