[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
生物系学生・鴫野の日常。コメントお気軽に!あと、拍手ボタンクリックで励みになりますv
大学が始まりました。
思った通り、実験はハードです。まあ実験はもともと好きなのでいいんですが…正直ね、今の学科がしんどいのね。
うちの学科は少人数で、高校の1クラスとそんなに変わりません。一緒の専門授業を受けて、一緒に実験するっていう。
だからどうしても学科内の結び付きが密になってしまって、私としては息が詰まる。
他人と密になれない、なかなか心を開けない性格なのも少しはあるかもしれませんが、それ以上に、自分がいなくても学科の人は困らないって思ってしまうのですよ。その一因は、夏休みに入る前に言われた同級生の言葉だったりするのですが。
学科の人は頭もいいし、私はそこにいて絶えず劣等感と疎外感を感じ続けるのです。
クラス内が密なだけに、やや距離をとっている私はどうしても浮いてしまう。誰が悪いんじゃないけれど。
息苦しくて、逃げてしまいたくなる。
実験は参加しないと単位が出ないし、実験の単位がなければ留年確定なので、逃げられるわけないんですけどね。
自分は大学を出なければ、生きている価値はない。
いつの間にか、そう思い込んでいました。そういう私の価値観は、多分小学生の頃にはすでに形成されてた気がします。あの頃から勉強が好きだったのは、一つは知識欲を満たすため、そしてもう一つは誰かに褒めてほしかったからです。勉強したら、塾の先生が褒めてくれた。だからもっとしたくなった。試験で100点をとると、自分の価値が数字で出てくる気がしました。だからもっと頑張ろうと思った。
多分、私を認めていないのは、私自身なんです。
ずっと、自分を嫌いながら生きてきました。今更、身体に染み付いた価値観を捨てることは出来ないと思います。これが完璧主義の真相かもしれません。
『白い巨塔』の財前五郎に憧れるのは、多分あの人も自分が嫌いだと思うから。嫌いで仕方がなくて、でも自分を嫌うこと自体が苦しくて、そうじゃないって自分に思い込ませたくて、ひたすらに出世を目指したんじゃないかと、本を読んだときに思いました。
教授にならなければ意味がない、大学を出なければ意味がない、比べることは失礼かもしれませんが、そこに似た響きを感じるのです。
自分を追い詰めているのは自分で、きっと学科内で浮いている自分が誰より嫌いなんだと思います。誰にも認められる要素を持っていないと思うから、余計に息苦しい。
全部自分の思い込みかもしれない。
でも、あの環境にいる限り、私は自己嫌悪に苛まれ続ける。それが、周囲から疎まれているという思いに変わるのは、不自然ではありません。自分すら嫌っている人間を好きになる物好きは、多分いないでしょうから。
それに、はっきり言われたしね。迷惑だと。
あの言葉は、私の錯覚を裏付け、本物にしただけです。
最初から、自分は彼女らに必要ないと線引きしていたのに、今更周囲を責めるのは勘違いも甚だしい。
悪いのは、私です。
分かっているのに、愚痴を言いたくなる。
居場所を与えてくれないと、周囲を恨みたくなる。
人間って、つくづく甘えん坊ですね。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |